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指圧の心は母心〜おせば命の泉 湧く〜!
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指圧とは

指圧療法とは、読んで字のごとく、手指を用いて、人体の外表に圧を加え、体調を整える治療法である。おそらく人類が地球上に生存しはじめたときから、このような手指の操作による方法が行なわれていたと思われる。たとえば体の ある部分に、だるさ、うずき、痛みなどを感じると、必ず、自然にそこに手が 届き、その状態に応じ、さすったり、なでたり、おしたりして、自ら痛みを柔らげようとする。このような人間の持って生まれた本能的操作が、いわゆるあ“手当て”の始まりと考えられるのである。

この手指の本能的操作を、科学的に究明し、長い間に研摩された応病治療の体験に基づ
体系づけられたのが、現在の指圧療法なのである。

ところで私が、指圧療法をはじめた直接のきっかけは、母のリウマチスを治したい一心からであった。私が、七歳のとき、生まれ故郷の香川県の多度津から、一家で北海道へ移住したが、急激な気候の変化と風土に、馴じめず、母が間もなく多発性関節リウマチスにかかり、疼痛に苦しみ始めたのでる。当時、羊蹄山のふもとの小さな村には、医者はなく、何とかして母の痛みを止めようと、私は、兄弟と一緒にかわるがわる一生懸命に、さすったり、おしたりしたのであった。そのうちに、症状が少しずつよくなりはじめ、いつとはなく母も、「ここをおしてくれ」とか「こうおして」などと自分の体の痛みが、和らぐおさえかたや、体の部分を、自分から指図するようなこともあったりした。こうして、いつの間にか、母のリウマチスは、全快したのである。私たち家族の心のこめた“手当て”が、早かったので、病をこじらさないで済んだのである。

子が母を、いたわる気持、母が子を手塩にかけて育てる心。このお互いの、いたわり合う気持が、私をして、いつとはなしに、「指圧の心 母心 おせば生命の泉わく」というスローガンを生ませる動機となったのである。
そして、これは、指圧讃歌(現、日本指圧学校校歌)の一節にもなった。


指圧療法は、第一の医学でも第三の医学でもなく、根本医術であり、私たち人間にもっとも適した本能療法であって、病気の予防を第一の目的としている。しかし、現在の医療制度は、指圧の治療効果を重視せず、人間本来の健康体を守る根本的“手当て”を忘れ、物質医学による対症療法、すなわち薬の乱用を招き、人間の持って生まれた自然癒能(治癒)力を弱めて、本来の健康体を保てず、手おくれになりつつあるのが、現状ではなかろうか。

この日本独特の指圧療法は、今や日本人だけのものではなく、全世界の注目を集めつつあるにもかかわらず、いまだに、あん摩、マッサージと同じ法律の枠に入れられたままで、専門の指圧帥の数も、毎年限定されているのが現状である。

だが、一方、私の「自分でできる3分間指圧」1、2、3集(実日新書)の出版以来、一般に、指圧に対する認識が深まり、さらに、テレビ放映(NETアフタヌーンショー指圧教室)により、指圧の効果が立証され、全国的に、指圧愛好者の数がふえたのは周知のとおりである。また、指圧師を志す日本指圧学校への応募者の数も、定員をはるかに上まわる五倍、六倍と年々増加の一途をたどっているのである。

われわれ日本人は、昔から舶来崇拝主義の傾向があり、外国から文物をとり入れ、普及させるには、すばらしい才能? を発揮するが、案外、日本独自のよさのあるものの存在を忘れがちな欠点も持ち合わせている。

古くから中国伝来の漢方がとり入れられ、漢方薬、針灸、あん摩が本家中国同様に普及度が高く、明治初期に入ると、両洋医学とともに、ヨーロッパからは、マッサージ術もとり入れられて現在に至っている。指圧療法を、日本古来の柔術の活法や欧米の各種整体治療術から発達したもの……と見ている一部の見方もあるが、これは、ある流派が、指圧と称して衝撃的な圧法や矯正法等を用いているのを、指圧の一種と見られているからだと思うが、これらの手技法は、指圧療法とは別個のものである。

浪越式指圧療法は、昭和15年にわが国初めての指圧の専門学校、日本指圧学院として設立され、同30年に 指圧が法的に あん摩、マッサージと並び認められ、学院も厚生省の認定となり、日本指圧学校として発足して今日に至っているのである。

浪越式指圧療法は、他の技法にとらわれない純然たる正当な指圧療法である。

日本古来から、神話伝説として、大国主神(おおくにぬしのかみ)と少彦名神(すくなひこなのかみ)が、医術の祖として伝えられているが、神話時代の古歌にも、“少彦名神の苦手(にがて)にて、なでればおちるどくのむし おせば なくなる病(やまい)のちしお”とあるのも、古来から、手技による治療法があったことを、よく伝えているものと解されよう。

今でも、大国主神と少彦名神は、日本国中の神社に、酒づくり、温泉の神として崇められている。
大昔からわが祖先は、自然に涌き出る温泉を利用し酒によって体をいやしたのである。とくに日本は、世界に名高い温泉国であり、日本人ほど風呂好きな国民はないといわれている。また、これが、自然にそなわった天与の物理療法であり、西洋における器具、機械化、薬物等による物理(理学)療法の発達と比較して、むしろ手技だけによる自然治癒力を喚起させる現在の指圧療法に発達したといえるのではなかろうか。

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